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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

ぼくらの一日・春

1 ぼくら

 ぼくらは、同じ日に、そして同じ家に生まれた。ぼくらはどこに行くにも一緒だ。遊びに行くのは勿論、未だにお風呂なんかも──。…もっとも、学校でのクラスは違ったけれど。それでも、ぼくらは仲が良いということで有名だった。
 ぼくらは一年中外に行って遊んでいた。夏は水遊びをして日焼けしたお互いを笑って。秋は木の実を集めてお母さんを驚かせ。冬はお父さんと雪合戦。

 中でも、ぼくらが一番好きな季節は春だった。様々な生き物が冬眠から目覚め、芽吹き、生まれる。生まれ直す。そんないのちに溢れる季節がぼくらは一番好きだった。ぼくらも、同じように、春に生まれた。これから目覚める生き物とバトンタッチをするように、寒桜が散り始める頃。「気まぐれ」な寒さが終わる頃。そして、少し肌寒さの残る頃。


2 ぼくらの朝

 誕生日から一か月ほど経った、3月のある日。
「ほら、早く起きなさい!起きないと…」
そんなお母さんの声でぼくらは目覚める。せっかくの春でも目覚めはいつでもこれだ。おまけに、ぼくらの片方はベッドから落ちている。ちなみにもう片方は、小さくなってきたダブルベッドの真ん中を陣取っている。
 ベッドから落ちた方はまだ少し肌寒いからか、丸くなっている。一方で、ベッドの上で大の字になっている方は暑いのか寝汗をかいている。その違いも、後者が掛け布団を横取りしているのが原因なのだが反省する様子はない。勿論、その役割が反対であっても反省することはないだろう。眠い目をこすったり、布団騒動による文句を言い合ったりしていると、隣の部屋からお母さんの怒鳴り声がもう一度聞こえた。一方が仕方ないというようにカーテンを開き、窓を開ける。もう一方は、二人分の服を用意する。
 ぼんやりと窓の外から見える木の蕾を眺めながら、手短に着替えを済ませ、ぼくらは階段を降りて、お母さんの待つ食卓に向かう。二度も怒鳴られたので、お母さんは相当に怒っているだろうと思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。なぜなら、お母さんは既に顔をほころばせながら朝食を口にしていたからだ。ぼくらはそれを気にすることなく席に着いて同じように朝食を口にする。
 目玉焼きにトースト、ウインナーといったようなごく普通の、なんの変哲もない朝食。朝にしては少し味が濃いだろうか?そんな感想を音に変えるとお母さんが何を言うかわからないから言わないでおく。そこで、ぼくらは顔を見合わせて、同じ感想を抱いていることを確認した。それからどちらともなくため息をつき、朝ごはんの残りを詰め込む。ごちそうさまを宣言し、食器洗いを済ませて早々に部屋を出る。

──そうして、ぼくらの変わらない朝が始まる。


3 ぼくらのお仕事

 今日は木曜日だ。と言っても、昨日が終業式だったから、今日ぼくらが学校に行く必要性はない。しかし、ぼくらに休みという休みはない。その分お母さんに仕事を渡されるからだ。昼までに草むしりに窓拭き。まるで大掃除のようだ。「二人でやっていい」と指示されたから、はぁいとぼんやり返事をしてぼくらは軍手と袋を持って庭に向かう。
 庭にはソメイヨシノの木。そして、その周りにびっしりと生えた雑草。たったそれだけしかない。だが、ぼくらはそれを見てうなだれる。なんとなく準備運動をしてから作業を開始する。時折、作業に飽きては、桜の木を見つめて「いつ咲くのだろう」「一週間以内には咲くんじゃないか」といったことを言い合う。その度に、リビングにいるお母さんが黙ってやらないと終わらないぞと家の中から叫ぶ。
 …お母さんがやればいいのにね。片方がそう呟くと、「お母さんは足が悪いからしょうがないんだよ」ともう片方が宥める。納得行かない片方を見ながら、もう片方は軍手を真っ黒にしながら坦々と作業をする。

 かなり順々に作業を進めたのにも関わらず、結局終わったのは、始めてから、三時間もした頃だった。既に日はほぼ真上に位置しており、今から窓ふきをするとなると、お昼ご飯が何時になるか分からない。ぼくらは相談する。“あの”お母さんに予定を午後に回す趣旨を伝えるか、それともお昼を後にするか。ぼくらは悩んだ末に後者を選択した。なぜなら、“あの”お母さんのことだからお昼も勝手に作って勝手に呼んでくれるのではないかと期待をしたからだ。それともうひとつ、単にお母さんに予定外を伝えてはいけない気がしたからだ。
 ぼくらは雑草を袋に詰め込んで、家に上がる。それから、身に着けているものを脱ぎ、軍手と汚れた服を洗濯機に入れて回す。どうせまた汚れるだろうが着替えることでぼくらは清潔でいられるし、なにより怒られることがない。ぼくらは洗い場で足をすすいでからバケツを手に取り、ぬるま湯を入れて置いて置く。それから部屋に戻る。先の作業でぼくらは汗をかいたので、ぼくらは色違いの半そでのTシャツに袖を通した。短パンはお揃いのものを。そのついでに夕方に冷え込むことを考え、クローゼットからカーディガンを引っ張り出して、部屋に入ってすぐの場所にかけておく。再び部屋を出る。
 ぼくらはお母さんに見つからないようにリビングに行き、ゴム手袋と一緒に、読み終えた新聞紙の束を持っていく。そのついでにぬるま湯の入ったバケツも一緒に持っていく。バケツは重いから、時々ぼくらは持ち手を交換する。ぼくらは外からの窓のみを掃除するつもりだったから、そそくさと家を出て、庭に戻る。
 ぼくらは早く終わらせる為に、役割分担をする。ぼくらの片方がリビングに通じる窓(というよりもガラス戸)を水洗いしていく。それをもう片方がぬるま湯に浸して丸めた新聞紙で丁寧に拭き取っていくというようにだ。
 ぼくらの家には窓が少ない。数えても精々6枚程度だ。だからか、この作業は片付けを含めても一時間半と少しで終わった。
 しかし、ぼくらが窓拭きをしている間、お昼を呼ぶことはおろか、怒鳴り声すらも聞こえて来なかった。ぼくらはなんにも食べていないから、空腹だった。お昼ご飯を想像する。ぼくらは生唾を飲み込みながら、どうしようかと苦笑いをする。外からリビングの時計を覗くと、既に2時半をまわっている。ぼくらは昼食をねだる事にした。


4 ぼくらの昼食

 ぼくらは、忍び足でリビングへ向かった。お母さんは昼寝をしているようで、ぼくたちが此処で喋っていても、そして揺すっても起きる気配はなかった。ぼくらのお母さんが昼寝をしているのはよくある事だ。でも、こうやってお昼もなしに寝ているのは珍しい。珍しいと言っても、ぼくらにとっては不幸以外の何物でもなかったが。
 ぼくらは冷蔵庫を覗く。特に何かが作られた形跡はない。どうやら、お昼ご飯を作る前に寝てしまったらしい。食べ物も丁度三人分ある。ぼくらは昼食を自分たちで作ることにした。
 朝は野菜がなかったので、レタスを千切って盛り付ける。見た目が物足りないのでツナを更にトッピングする。また、朝に使った残りだろうか、卵が3つ余っていたのであまくてふわふわの卵焼きを作る。卵焼きを三等分して、それぞれ一つのお皿と、一つの大きめのタッパーに盛り付ける。サラダと更に入れた卵焼きは、ラップをして冷蔵庫に入れる。ぼくらのサラダは同じように卵焼きを入れたタッパーに入れる。それから4つ、中身のないおにぎりを握る。簡素ながらに昼食ができる。味見をしてみる。味付けはぼくらがやったから、濃くもなく、丁度良かった。ちなみに、塩分が大好きなお母さんの為に、お母さんの卵焼きには醤油を一滴垂らしておいた。しょっぱい卵焼きが好きなお母さんもこれで怒らない。

 お母さんが寝ている以上、ぼくらにもう仕事はない。時刻はまだ3時半だ。外に行く時間はまだある。ぼくらは帰る時間と目的地を書き記したメモを目のつくところに置いておく。それから、ぼくらは4つのおにぎりとタッパーを布の袋に入れ、レジャーシートを持って家を後にする。

 ぼくらの庭にある木はソメイヨシノだからまだ咲いていないが、ぼくらのお気に入りの場所には豆桜が咲いていることを知っていた。そこで、ぼくらはその場所でお花見をすることにした。
 歩くこと数分、河川敷が見えてくる。川沿いには、数多くの豆桜が咲き誇っていて、言葉では表せないほどに画になる。
 遅くに来たからか、遠くから見ただけでも河川敷は既に花見客でいっぱいだった。ぼくらは着くや否や場所探しをする。少し狭い場所であったが、ぼくらは二人分のスペースを確保する。ぼくらはその場所に、二つ折りにしたレジャーシートを敷き、その上に持ってきた食べ物を広げる。ぼくらは背中を向けるようにレジャーシートに座る。既にお腹と背中がくっつきそうであったが、外で食べることは、家で“お母さんがいつ起きるかを考えながら食べる”よりかは幾分マシだった。
 「いただきます」
ぼくらはそう宣言する。
 味は味見をした通り、悪くなかったし、花見客達の喧騒の中、ごはんを食べるのも特に不快ではなかった。特に、桜については、目を奪われる程だった。しかし、特別楽しいと思うことはなかった。折角来たのにも関わらず、灰色を感じる事しか出来なかった。

「…帰ろうよ、じゃないと……」
ぼくらの一人が呟く。
「…君がそういうならそうしよう」
もう一人が賛成する。ぼくらは昼食をお腹に詰め込んでその場を後にした。桜が咲き誇る中、ぼくらには後ろ髪を引かれる思いすらもなかった。


5 ぼくらの両親

 ぼくらが帰ると、お母さんは顔を真っ赤にして待っていた。ぼくらが家に上がろうとすると、お母さんは玄関まで足音を鳴らしながらやってきてこのような事を言った。
「お花見に行っていいだなんて誰が言ったの?!」
「第一、私のお昼は?!」
「どうして勝手に居なくなるの?!」
ぼくらはこれを聞いて、何をいっても分からないと知っていたからひたすら謝った。そして、お母さんが落ち着いてきたところで昼食を用意していた趣旨を伝え、メモに書いておかなかったことを謝罪する。するとお母さんは、
「やっぱり、思った通りだったわ。ありがとうあんたたち。あんたたちは最高の息子よ。」
とにっこり微笑みリビングに去っていった。ぼくらはほっとして家に上がり、部屋に戻る。
 ぼくらは部屋に帰っても特にやることはない。せっかくの休みだというのに、だ。幸いか否か、あの後、お母さんに仕事を押し付けられることはなかった。ぼくらは暇つぶしがてらにリバーシやチェスをした。一方が勝つから面白味もあったものじゃなかったが。
 そのうち、ぼくらは夜7時を回っていることに気が付く。そして"また"ご飯に呼ばれないことを知る。ぼくらは部屋を出て、階段を駆け下りる。リビングに行く。お母さんがいない。キッチンに行く。お母さんがいない。トイレに行く。誰もいない。玄関に行く。お母さんの靴がない。ぼくらは何度目か分からないため息をつく。リビングに戻る。一枚のメモを見つける。昼過ぎにぼくらの片方が書いたものの下に、走り書きの文章が綴られている。

『あんたたちの新しいお父さんを探しに行ってくるから早めに寝なさい ママ』

恐らく、お母さんは若い男の人に晩御飯に誘われたのだろう。お母さんはよほど嬉しかったのか、ぼくたちの晩御飯についての記述はなかった。またもぼくらはため息をつく。ぼくらにはもう、逃げる幸せもほとんどなさそうだ。
 ぼくらのお父さんは、三年前、ぼくらの誕生日の翌日にいなくなった。お母さんはどこに行ったか知っている風だったけれど、ぼくらにお父さんの居場所を教えてくれることはなかった。ぼくたちはお父さんが好きだったから、お母さんに問いただそうと考えた。でも、それはできなかった。お母さんが泣いていたからだった。ぼくらがお母さんの元に行くと、抱きしめられた。柔軟剤とお日様と…少し塩辛い、涙の匂いがした。お母さんは泣きはらしながら、ぼくらに「どこにも行かないでほしい」とか細い声で呟いた。それ以来、ぼくらはお母さんが何を言おうと、文句を言うことは出来なくなったし、それに逆らうことも出来なくなった。…お母さんを愛しているから。


6 ぼくらだけの夜

 ぼくらは冷蔵庫を覗く。案の定、冷蔵庫の中はすっからかんだった。ぼくらがほとんど全部使ってしまったから、なんにも残っていなかった。だからといって今から二人で買い物に出掛けるなんてもっての外だし、第一、ぼくらにはお金がない。また、このまま起き続けたところで、日付が変わるまで帰らないか、相手と一緒に帰ってくるかのどちらかだ。ぼくらはリビングのカーテンを開けて、桜を眺める。顔を見合わせる。今回ばかりは答えが出なかった。
 とりあえずぼくらはメモを取ってカーテンを閉め、階段を上がり、部屋に戻る。なぜなら、お母さんは相手にぼくらの存在を知られたくないようだからだ。
 部屋に戻ったぼくらはチェスを再開する。が、頭が働かない。9時になる。ぼくらはいつ寝てもいいようにパジャマに着替える。部屋から再び咲いてもいない夜桜を眺める。桜を眺めるのにも飽きてきてシャッとカーテンを閉める。ぼくらはどこか虚ろな目で天井を見つめる。目をこする。ベッドに転がり込む。自然に眠れる態勢をさがしていたら、いつの間にかぼくらは胎児のような丸い姿勢になった。お互いの手を握る。
 こうしてぼくらの夜は終わり、またあの朝が始まるのだろう。桜が咲き、新学期が始まるまで。そして、戻ってこないのだろう。好きだった春は。春は、出会いの季節と同時に、別れの季節だ。

ぼくらの一日・春

2016/06/03 up

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